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日常の中の思考の断片、あるいは妄想のまどろみ
Masaru KUROSE's「頭中百景」Second edition


表現の出所が見えないということ。
表現物の発想の出所や理由などが見えないということは、実に得体が知れなくて唐突で不気味に感じてしまいます。でもどこかでそのことが強烈にミステリアスなものになって深い感応に襲われてしまう場合があることも事実です。それはまるで対象物が何も身につけず自身の「存在」だけを直裁に露呈さ...
2023年6月6日読了時間: 3分


文章は短く、簡潔に、だなんて。
日本語の散文において、私は特に長文の方によりイマジネィテブなものを感じて好感を持ってしまいます。しかし昨今では文章の内容把握をより明確にするためなのか(コンピュータの普及もその大きな一因のようですが、)簡潔で短いものが推奨されていてダラダラとした長い文章は悪文として批判の対...
2023年5月20日読了時間: 3分


「未理解」は愉快だ。
「未理解」と「非理解」は違います。「未理解」は何か希望めいたものがありますが、「非理解」にはなぜか拒絶の冷たさが漂います。そして今の社会ではこの「非理解」の方がより存在感が増しているように思うのです。というのも「理解できない」ことを不安を煽るものとして意識して避けるようにな...
2023年5月9日読了時間: 2分
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